僕の彼氏紹介します




お茶でもしようか、と高崎を誘って行った上野駅に隣接しているコーヒーチェーン店は、昼時を避けたのにも関わらず思いの外混んでいた。
というより、ここは常に混んでいて席が空いているのを見たことがない。中央口を出てすぐという立地条件ということもあって、ひっきりなしに人が訪れるのだ。

「空いてないね…」
「どうしましょうか…」

店先で中を眺めていた上越と高崎が同時にひとりごちる。
見ていても席が空くわけでもない。横から別の人に入られて終わりだ。もうかれこれ五分はこうしてただ眺めている。

「しょうがない、テイクアウトにして事務所に持って行こう」
「あ、じゃあ俺買ってきますよ。何がいいですか?」
「いや、僕が行く」
「で、でも上官に行って頂かなくても」
「いいから。ここで待ってて」

恐縮しきりの高崎を制して、列の最後尾に並ぶ。誘った手前、ということもあるけれど、本当のところはメニューを把握しきれていなくて、見ないと何があるのかわからない。横文字のオンパレードは何かの呪文みたいで何度見てもさっぱり覚えられない。
上越の番になって、そういえば高崎のリクエストを聞くのを忘れた、と今更なことを思い出し、めんどくさくなって自分と同じもの、期間限定のフラペチーノを二つオーダーした。
生クリームが山盛りになったカップを持って店先に戻ると、高崎のすぐ傍に若い女性が二人、寄りそうようにして立っていた。何かを話しているようだったが、あいにく上越は二人の顔に見覚えがない。自分達が着ているのは駅員の制服とは違うから、お客様でもないようだ。

「どしたの」
「あ、上官。あの…」

声を掛けると、高崎は困ったような顔を上越に向け、女性と交互に見比べた。
二人は揃って脱色した豊かな髪を豪快に巻き、まつ毛に大量のマスカラを塗った、見るからに今時の若い子達だった。二人は上越を見るなり、顔を見合わせてきゃあと小さく黄色い悲鳴を上げた。

「私達怪しい者じゃなくてぇ」

妙に語尾を伸ばした言い分を要約すると、いわゆる逆ナンのよおうだった。高崎のくせに生意気、と思うと同時に、今の上越を見た時の反応にも合点がいった。顔だけはいいのは自覚している。

「そうなんだぁ、ありがとう」

できる限りのにこやかな笑み、を意識して二人に微笑んで見せる。頬を上気させたのを面白いな、と思いながら、努めて優しく言った。

「折角の申し出はありがたいんだけど、この子、僕の彼氏なんだ。ごめんね」

女性二人の顔が、笑顔のまま凍り付いた。ヒッと息を飲んだ高崎に、上越は「行くよ」と目配せして駅の外へと歩いて行った。呆然としている二人を置いて、高崎も慌てて後をついてくる。

「あー、おかしかったぁ!」

充分に離れてから、上越が堪え切れなくなって声を上げて笑うと、高崎は「なんてこと言うんですか」と泣きそうな声を出した。

「何か不満でも?」
「だって、あの子達ドン引きしてましたよ」
「嘘は言ってないじゃん。そもそも、二度と会うことのない人達にバレたって痛くも痒くもないし」
「でも、お客様かもしれませんし…」
「駅の外に出たらお客様じゃないもん」

喋りながらフラペチーノの片方を高崎に差し出す。高崎はまだ何か言いたそうに口をもごもごさせていたものの、結局黙ってカップを受け取った。
何をそんなに気にしているのか知らないけれど、恋人であることを否定されたみたいで、少しだけ腹が立った。

「ねぇ、高崎。僕は今、機嫌が悪いんだ。なんでかわかる?」
「…すみません、わかりません」
「だろうね。だったらこれから30分、僕に付き合うこと。公園、行こ」
「え?」

顔を上げた高崎に、上越は肩をすくめて苦笑した。

「そんなに恥ずかしがるんなら、たまには彼氏っぽいことしてもらおうと思って。急ぎの仕事もないんでしょ?」
「いや…あの、その」

暗にデートに誘っていることはすぐにわかったようで、高崎はみるみる顔を赤く染めて両手で持ったカップを顔の高さにまで上げた。それで何を隠しているつもりだ。

「拒否権はないよ。ほら、行くよ」
なんだかこっちまで恥ずかしくなってきて、わざとぶっきらぼうに言うと、高崎ははにかんだ笑顔で「YES、上官」と頷いた。




2013.7.7