メカクシ




拘束プレイでもしてみようか、と上越が言った。
お腹空いたからなんか食べようか、と言うのと同じテンションだったから、高崎は思わず面食らってしまった。

「やですよ」
「なんで。案外楽しいかもしれないじゃん」
「俺、上官を縛る趣味はないんで」
「何言ってんの?」

ぷ、と上越が馬鹿にしたように吹き出す。

「僕が君を縛るに決まってんじゃん」
「そっちですか!?」
「首輪とか絶対似合うと思うよ? っていうのは置いといて。僕の話で合ってるよ」

はい、と両手を合わせて差し出される。手首にうっすらと浮いた血管にわずかな艶めかしさを感じながら、いやいや、と首を横に振る。そんな恐れ多いことなんかできない。

「大体、縛るって何でですか」
「ネクタイくらい持ってるだろ?」
「持ってますけど、使い道が間違ってます」
「いいんだよ、間違ってたって。あ、目隠し用に二本ちょうだい」

そこまでやるのか。
完全に楽しんでる様子の上越に、これ以上嫌ですと言ったら多分むくれるだろう。諦めのため息をついて、高崎は仕方なくクローゼットから二本のネクタイを取り出した。強く突っ返せない自分が心底不甲斐ない。
しかも滅多に使わないから新品同様なのに、もう二度と使えない。色んな意味で。さようなら、俺のネクタイ。

「今日だけですからね」
「はいはい」

上越はえらく上機嫌で、いっそ鼻歌でも歌い出しそうだった。
ベッドの上に座り、うきうきと差し出された上越の手首にネクタイを巻きながら、高崎はもう一度ため息をついた。何がこの人をこんなに駆りたててるんだ。ていうかこんなことを教えたのは誰だ。

「はい、できましたよ」

思いっきり加減して手が抜けそうなほど緩く結んだら、お気に召さなかったのか「やり直し」と突き返された。若干の戸惑いは覚えたものの、お望み通りにしっかりと結び直した。これで抜けることもないだろう。
次いで、目元を隠すために頭にネクタイを掛ける。視界が完全に覆われると、上越は驚きなのか感心なのか「おおー」と呟いた。

「何も見えない」
「そりゃそうですよ…これでいいですか」
「うん」

ようやくお許しが出た。向き直って、触れますよ、と先に言ってからその柔らかい頬に触れる。
視界が遮られてるせいか、上越は過剰なほどびくりと震えた。構わずに指を滑らせ、無防備に薄く開いた唇に口付けた。

「んっ…」

ちゅ、と音を立てて啄ばみ、次第に交わりを深くしていく。
軽く肩を推すと上越の身体は呆気なく傾き、ベッドに横たわった。ついでに邪魔な腕は頭上でシーツに縫い止め、一息ついて見下ろす。いつもは見られない上司の姿に、堪らずムラっとしてしまった。

「いいんですか?」
「う、うん。続けて」

そう言う上越の声は微かに震えていて、自分で言いだしたくせに、と少しだけおかしくなった。けれど今の上越には、高崎がにやけたのも見えていない。いつもならすぐさま「なに笑ってんの!」と怒られるのに。
キスを繰り返しながらシャツに手を掛け、ボタンを外していく。そういえば、前は人の服を脱がせることにまごついててボタンひとつ外すのに結構な時間を費やしたけど、今は簡単に外せるようになってしまった。そんなことを考えながら、露わになった肌に手を這わせる。

「…っぁ、や」

まるで熱いものでも触れたかのように、上越の身体が手のひらの下で跳ねた。
見えない、というだけでそんなに他の五感が過敏になるものだろうか。高崎はしたことがないからわからない。

「たか、さき」
「はい」
「高崎…、高崎」
「はい…なんですか」

切羽詰まったような、上越の声。まだ何もしていないのにまさかもう限界が近いだなんてことはないと思うけれど、と顔を上げたら、上越は高崎の目の前で折角結んだ目元のネクタイを自分でずり上げて外してしまった。

「あっ、折角結んだのに!」
「ごめん」

よく見ると、上越の目尻は涙で潤んでいた。うっすらと上気した頬の色相まって、ひどく官能的に見える。

「なんか、やだった」
「は?」
「高崎じゃない人にされてるみたいで…」

言っているうちに上越の顔が目に見えて顔が赤くなり、比例するように語尾は小さくなっていく。
はああ、とさっきとは違う気持ちで三度目のため息をついた。そこで照れるなんて、反則でしょう。
やっぱりこの人には絶対勝てない、と観念する。それはもう、甘い気持ちで。




2013.1.17