MY FIRST




大宮駅構内にできた行列を、東北は少し離れたところからじっと見つめていた。
「はやぶさ」運行を2ヶ月後に控えた、日曜日のことだった。

構内の一画では、青森の観光キャンペーンが催されていた。
青森のマスコットキャラの着ぐるみと名所のパネルを設置してのPRと、更には無料でのノベルティ配布。これで人が集まらないわけがない。
休日ということもあって、普段から人の多い大宮駅は平日以上に混雑している。
その中にできた行列は、確かに人目を引くのだろう。通り過ぎる人達が、ちらちらと振り返って再度見ている者も少なくない。
仕事中ということもあっていつもの無表情を更に引き締めている東北も、内心は非常に満足していた。

ようやくここまできた。あと少しで、全線開通できる。
より早く、より遠くへと求めて、ついには地続きの最果てだ。
始発から終点まで、約3時間。
実際は何度も足を運んでいるし試運転も行ったが、通常運行で早く一気に駆け抜けたい。多分きっと、とても気持ちいいだろう。

「凄い人だね」

声が聞こえて振り返ったら、涼しい顔をして上越がすぐ後ろに立っていた。

「そうだな」
「なにそれ、他人事みたいな言い方して。嬉しくないの?」
「嬉しいさ」

顔には出ないだけで。
これだけ多くの人に望まれているということを目に見えて実感できるのは、わかりやすくていい。小さなスペースではあるが、企画してくれた社員には感謝しなくては。

「どうなの、青森」
「どう、とは?」

上越の問いがわからずに聞き返すと、上越は「どういうところ?」と言い直してくれた。
どっちにしろ抽象的すぎて答えにくい問いだった。少し離れたところで子どもにタックルされているマスコットの着ぐるみを眺めながら「いいところだ」とだけ答えたら、上越が怪訝そうな顔を向けてきた。

「……で? 具体的には?」
「のどかで、空気が澄んでる。あと飯がうまい」
「それ、僕の地元と変わらないんだけど」

呆れたように上越が言う。確かにその通りだった。
だが、なんと説明すればいいのか。ボキャブラリーが貧困なのは自覚しているが、こういうときは非常に困る。うまい言葉がするっと出てこない。実際に見てもらえば一番いいのだが。

「じゃあさ、今度連れてってよ」
「当たり前だろう」

茶化しているような上越の言い方に、反射的に言い返した。今度は東北が怪訝な表情を浮かべる番だった。

「わざわざ言われなくても、もう予定は組んである」
「え、嘘。マジで?」
「マジだ。まぁ、一段落してからだがな」

まだ当分は忙しい日が続く。
旅行はその後でもいいだろう。
そう言ったら、上越は驚いたように目をしばたかせてからふっと笑った。

「なんか、君んとこのCMのキャッチフレーズみたいだ」

MY FIRST AOMORIのアレか。 そうか、上越は青森は初めてになるのか。
これは色々連れ回さなくてはならないな。
そう思った東北は、やはり顔には何も出さないままで頭の中で青森の名所を思考し始めた。




2010.10.18