花火大会




ごみごみした人混みが、日光はあまり好きではない。
むしろ嫌いと言ってもいい。
新宿駅だって、当初はスペーシアの乗り入れやその他もろもろ雑多の用事があって結構足を運んだけれど、好きこのんで行きたい場所ではない。いい店や美味しいものも全部揃ってるとか言われても、だからなんだと言いたい。そんなもの栃木にだっていっぱいある。

なのに今いるところの周囲は人だらけだ。
さっきからガツガツ人の肩が当たって痛い。謝りもされない。ムカつく。

「……おい、伊勢崎」
「なぁに、日光?」

当然不機嫌な声にもなる。
話し掛けられた伊勢崎は意にも介さず上機嫌だ。しかも日光には背を向けて振り向きもしない。お前が誘ったんじゃないのか。
伊勢崎はこれから始まる花火に期待して、今からせわしなくそわそわと空を見上げている。まだ始まるまでに時間はあるというのに。

自然とため息も出る。相変わらず伊勢崎は気付かないようだったが。
本当は栃木から出たくなかった。毎年毎年、大勢の人が集まると知っているから。
隅田川の花火大会。
もう何十年と続く、夏の風物詩だ。

「花火なら東武動物公園でもやってんじゃねーかよ」

人も少ないし、そっちの方がゆっくり見れる。混雑が酷過ぎて危ないからって、大師をお留守番させなくてもいい。
そう言うと、伊勢崎はちょっと怒ったように「違うんだってば!」と反論した。

「迫力が全然違うんだから! 日光も知ってるだろ?」
「あー、まぁな」

去年のならテレビで見た。確かに凄い迫力だった。
更にもっと昔、まだ人が少ない頃にこうして伊勢崎と一緒に浅草くんだりまで出向いたことも何度かあったが、観客が多くなるにつれて出るのが億劫になってしまった。
ぞろぞろと浅草駅から吐き出される人混みを思い出して、素直にすげーなと思った。
伊勢崎はあれを毎年捌いてきたのだ。そしてこれからも。

「ていうか、書き入れ時だろ。こんなとこで遊んでちゃまずいんじゃねーの?」
「大丈夫だよ。毎年のことだもん。たまには見ておいでって言ってくれた職員さんに感謝しなきゃ」

ね、と振り向いた伊勢崎は楽しそうに笑っていた。それほど花火が楽しみなのだろう。
まぁ、あの大迫力をテレビ画面越しではなく間近で見られるのは、ここまで来てしまったら日光も少しは楽しみではあるが。
いいんじゃねーの、と心の中でひとりごちる。
伊勢崎が楽しそうだし。それだけで群衆の中のひとりになる億劫さも、プラスマイナスゼロにしてやっても。
それに、人がたくさんいるからこそできることもあるわけで。

伊勢崎の横に付いて、そっと手を握る。
伊勢崎は一瞬びくっと腕を震わせたが、構わず強く引いた。自分の手が汗ばんでいる気がするのは、多分暑さのせいだけではないと思う。

「はぐれたら厄介だろ」

この人混みだし。
地元の伊勢崎はともかく、土地勘のない日光では迷子になるかもしれない。
そう言ったら、伊勢崎は「仕方ないなあ!」と言いつつもまんざらでもなさそうだった。細められた目が口よりも雄弁に語っていた。

「日光は俺がいないと駄目なんだもんな!」
「あーはいはい。そういうことにしといてやるよ」

プラスマイナスゼロどころか、大分プラスかな。
日光がそう思ってから数分後に花火は始まった。
それまで手はずっと握ったままだった。

二時間後、終わった後に日光が放心したように「……すげかった」と言ったら、伊勢崎に「だから言ったろ!」とやたら自慢げに言われた。それはそれで可愛かったから、構わなかったけど。




2010.07.31
さっきテレビで隅田川の花火大会見たので(笑)