近距離恋愛




 キーボードの鳴る軽い音を聞きながら、上越は「そういえば」と口を開いた。
「この間、信越に『高崎と何かあったんですか?』って聞かれちゃったよ。妙によそよそしいって」
「えっ」
 予想以上にうろたえた高崎が、キーボード手を離して上越に顔を向ける。
「この間っていつですか」
「三日くらい前かなぁ」
「そ、それで、上官はなんて」
「特に何も……信越が心配するようなことは何もないって答えといたよ」
「それは、そう、ですよね……」
 言いながら、高崎は視線を落としてぼそぼそと聞き取りにくい声で呟くように言った。
「上官は、そういうの気にされますか……」
「そういうのって?」
「俺なんかと噂されたら、やっぱり嫌ですよね」
「……あのねぇ」
 この部屋に入ってきて、二回目の嘆息を漏らす。普段は勢いで押し切る体育会系のくせに、こういうときに限って弱気になるのは正直わずらわしい。
「そりゃあ、影でこそこそ言われてたりしたらいい気はしないよ。でも別に君だから嫌なんじゃなくて、単にプライベートに首を突っ込んできてほしくないだけ。君と僕だけのことだろ」
 わかった? と念を押すように眉をひそめてみせれば、高崎は少しほっとした様子で「はい」と頷いた。
「ていうか早く報告書」
「あっ、はい」
 言われて真面目に取り組み始めた高崎に、これなら八時過ぎには提出できるかな、と上越は安心する。期限の七時は過ぎてしまったが、このくらいなら許容範囲だ。
 しばらくしてから、パソコンから目を離さないで高崎が訊ねる。
「上官、あの、今日は」
「これ出したら終わり。だから早くして」
「すみません……あの、そしたら、俺もこれで終わりなんですけど、終わったらメシとか、あ、メシじゃなくてもいいんですけど」
 だったら何がいいんだ。思ったけれど、横から見た高崎の顔は耳まで真っ赤に染まっていたから揚げ足を取るのはやめておいた。
「ご飯だけでいいの?」
 代わりに、結構わかりやすく誘ってあげたのにも関わらず、高崎はキーボードを叩く指まで止めて固まってしまった。面倒臭いヤツ、と思いつつ、そんなところも可愛いなんて思ってしまって口元が緩む。
「ちゃんと言わなきゃわかんないよ」
「お、お邪魔しても、いいですか」
 上越には顔を向けずに、それでもしっかりと口にした高崎に上越は小さく頷いた。
「うん、待ってる」